三男坊の受験物語

 今回は,我が家の三男坊のお話です。平成24年3月の県立T山高校の合格発表掲示板に,三男の受験番号はありませんでした。父子で何度も探しましたが,ありませんでした。私にとっては昭和50年の自分の合格発表以来の母校での合格発表でしたが,まさか自分の子供が落ちるなどとは思いもよらず,目の前が真っ暗になり,その後数日間は放心状態でした(長男,次男はT山高校を受けるまでの学力がなく,T山H高校に進学しました)。

 三男は平成24年4月に私立T山D1高校の特別進学コースに入学しました。2月の入試の成績が良かったので,面接を経て奨学金をもらえることになりました。高2の夏には父子で杜の都大学のオープンキャンパスへ行き,工学部の材料科学総合学科に興味を持ちました。その夏は甲子園で野球の準々決勝を応援したり,冬には国立競技場でサッカーの決勝を応援したり,普通の県立高校では味わえない体験もできました。
 
 高3になって受験ムードが盛り上がってきた矢先に,母親がアルツハイマー病であることが発覚しました。当時私(父親)はずいぶん落ち込みましたが,三男も相当悩んだようで,しばらくの間勉強が手に付かなかったと言っておりました。弱気になった私は,三兄弟で一番気が利く三男を手元に残したくて,「杜の都大学はやめて,地元のT山大学に行ってくれないか?」と本気で頼んだこともありましたが,本人は首を縦に振りませんでした。その後,私も三男も多少立ち直り,平成27年2月に当初の希望通り杜の都大学を受験しました。結果は不合格でした。自宅のパソコン画面を何度も何度も見直しましたが,三男の受験番号はありませんでした。3月の後期試験は長男が通っている,クラーク博士大学を受けました。合格発表は長男に直接掲示板を見てもらいました(インターネットより早い)が,またしても落ちました。長男はおっとりしており,浪人して大学へ,次男は(ずる?)賢いので現役でT山大に行ったのですが,三男はやっぱりおっとりというかのんびりというか,長男に続いて寄り道をすることになりました。

 平成27年4月にはT山予備校に進学?しました。高校,大学と志望校に落ち続けてさすがに懲りたのか,予備校で受けるマーク模試,記述模試ともずっとA判定で受験シーズンを迎えました。平成28年1月のセンター試験本番では,761点/900点満点(84.6%)を取れたので,ダメもとで杜の都大学のAO入試(出願者自身の人物像を学校側の求める 学生像(アドミッション・ポリシー)と照らし合わせて合否を決める入試方法)に出願し,2/8に小論文と面接の試験を受け,2/10に合格しました!AOで落ちたら,2/25,26の一般入試を受ける予定でしたが,その必要もなくなり,今は自動車学校に通っています。

 AOの過去問を取り寄せてくれたD1高校のI先生,志望理由書,小論文を添削してくれたT山予備校のI先生,O先生,本当にありがとうございました。我が妻A子さんへ。もう早起きして三男の弁当を作る必要はなくなったので,春からはその時間で一緒にウォーキングをしようね。



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